預金取扱金融機関の経営の基本原則においては、金利変動の危険を負担することで、長短金利差を利益機会にすべきではないのですが、さて、原則は堅持され得るのか。
銀行や信用金庫などの預金取扱金融機関は、事業の基本構造において、預金によって資金を調達し、融資という方法で、調達した資金を運用して、利鞘、即ち、調達金利と運用金利の差分を得ています。利鞘が発生するのは、事業の構造上、調達金利が低く、運用金利が高いからです。
調達金利が低くなるのは、預金には決済機能があって、金利を低く設定しても、そこに資金が自然に滞留するからであり、決済という社会的に極めて重要な機能を安定的に維持するために、預金の元本が保証されているからです。また、運用金利が高くなるのは、元利金の返済が不確実な融資を行うからです。つまり、信用損失、即ち、融資先の破綻等によって発生する損失について、それを補填できるように、金利が高めに設定されているのです。
預金の元本を保証するため、および、信用損失の危険を負担するためには、自己資本の充実が必須の要件になるので、預金取扱金融機関には、厳格な自己資本規制が課されていて、必要自己資本の最低額が定められています。つまり、自己資本があるからこそ、利鞘の得られる事業構造を維持できるわけで、故に、資本利潤として、利鞘が発生するのです。
金利変動の影響に対して、利鞘は中立であるべきでしょうか。
預金取扱金融機関の経営の基本原則は、金利変動の影響を強く受けないようにすることであって、預金による調達金利が上昇すれば、融資による運用金利が平行的に上昇するようにして、利鞘を安定化させることなのです。より具体的には、資本市場で短期金利が変動すれば、預金の金利は、それに連動せざるを得ないのですから、融資の金利は、短期金利に連動する基準金利に基づいて、約定されるのが基本原則になります。そして、短期プライムレートと呼ばれているものこそ、この基準金利の代表なのです。
短期プライムレートは、1年未満の短期の融資に適用される金利で、各預金取扱金融機関において、資本市場の短期金利の変化に連動させて、決定されています。また、プライムレートとは、優良企業に適用される金利のことで、優良は信用損失の発生する危険が最も小さいという意味ですから、様々な企業に適用される金利のなかで、最も低い水準となり、そこに各企業の経営状況を反映して、付加的な金利を上乗せして、企業毎の融資の実際の約定金利が決められるのです。
なお、他の基準金利として利用されているものに、一般社団法人全銀協TIBOR運営機関が算出して公表している全銀協TIBORがあって、これには、1週間物、1か月物、3か月物、6か月物、12か月物の5種類があります。
資金調達費用を変動させないように、固定金利の融資を望む企業もあるのではないでしょうか。
金利は期間との関係において決まっていて、その関係を示す指標として、国債のイールドカーブが利用されています。資本市場においては、多様な国債が活発に取引されていて、その結果として、利回り、即ち、国債の金利が形成されていますが、イールドカーブとは、それらの国債について、満期までの残存時間を横軸にとり、利回りを縦軸にとったグラフです。イールドカーブの水準と形状は、常に変化していますが、多くの場合、右肩上がりになっています。つまり、通常は、期間が長いほど、金利は高くなるのです。
そこで、ある期間の融資について、金利が変動しない固定金利を適用すれば、短期プライムレート等に連動する変動金利の融資に比較して、多くの場合、金利が高くなります。固定金利の融資については、金利が高くとも、資金調達費用を固定できる利点があるので、借りる側の企業に一定の需要があると考えられます。また、貸す側の預金取扱金融機関からみても、固定金利は変動金利よりも高くなる利点があります。
しかし、預金取扱金融機関として、固定金利の融資を行うべきなのかは難しい問題です。なぜなら、金利が上昇すれば、調達金利が上がっても、運用金利は変化しないので、利鞘が縮小し、更には、逆鞘、即ち、負の利鞘にも転じ得るからです。また、そもそも、金利変動の危険を負担することで、長短金利差を利益機会にしてもいいのかという根本的な疑問があります。
金利変動に伴う損失を吸収できるように、自己資本による備えを厚くすればいいのではないでしょうか。
預金取扱金融機関に課せられている自己資本規制においては、金利変動の経営に与える影響の最小化が前提にされているはずですが、敢えて意図的に金利変動に関する危険を負担するときは、その危険を吸収するに足る追加的自己資本を任意に留保すればいいのだと考えられます。しかしながら、金利変動を利益機会とすることで、その追加的資本について、資本利潤を生み得るのかという根本的な疑問があります。
つまり、金利変動に関する不確実性は、信用損失の発生に関する不確実性とは異なり、合理的な方法によっては、利益機会にすることはできないと考えられるのです。金利変動に賭けることは、いわば投機であって、投機からは決して持続可能な利益は生まれないのです。故に、金利変動に関する不確実性は、原則として、回避されるべき危険とされてきたと考えられるわけです。
債券投資においても、預金取扱金融機関は、対象を満期の短い債券に限定すべきなのでしょうか。
成熟経済のもとで、預金取扱金融機関は、個々の事情に大きな差があるにしても、全体としてみれば、一方では、依然として、国民貯蓄を預金形態で強力に吸収していますが、他方では、融資に対する需要が低迷するので、預金が過剰になるという状況にあります。そして、そうした過剰預金は国債等の債券に投資されてきたわけです。
債券投資においても、預金取扱金融機関の経営原則のもとで、金利変動の影響は最小化されるべきですから、投資対象としては、中短期の国債等が中心になるはずです。中短期債への投資であれば、金利変動の影響による価格変動は抑制されつつ、運用金利は、遅行性はあるものの、調達金利に追随していくからです。
では、なぜ、一部の預金取扱金融機関において、保有債券の評価損が問題になっているのでしょうか。
最近に至るまで、非常に長い間、極端な低金利が続いていたなかで、国債のイールドカーブの形状は右肩上がりを維持していたので、多くの預金取扱金融機関において、少しでも高い金利を求めた結果として、投資対象の債券の長期化の生じたことは避け得なかったわけです。なかでも、融資需要の弱い地域に立地する預金取扱金融機関では、資金運用における債券投資の比重が高く、かつ、長期化の傾向が強かったために、金利の上昇に伴って、大きな評価損が発生したのです。
こうした事態を招いた原因は、確かに、経営の基本原則からの逸脱なのですが、より根源的には、極端な低金利が非常に長く続き、その反転の時期について、全く見通せなかったことです。この間、経営の基本原則を堅持していれば、極めて厳しい経営状況が継続したと考えられるわけです。
しかし、今後、大きな評価損を解消するまで、厳しい経営状況が続くのではないでしょうか。
長期債を保有していれば、調達金利が上昇しても、運用金利が上昇しないので、利鞘が圧縮されるわけですが、評価損とは、理論的には、その圧縮分の将来にわたる現在価値です。つまり、評価損が解消するまでは、利鞘の圧縮が継続するのであって、その間の経営状況は厳しくなるのです。要は、過去における厳しい経営状況と、将来における厳しい経営状況との間の選択の問題だったということです。
また、保有債券の長期化と同じ理由で、融資の固定金利化も進んでいたはずですが、理論的には、固定金利の融資を時価評価すれば、評価損が発生します。この問題は、融資の時価評価がなされないので、表面化していませんが、程度の大きな差こそあれ、どの預金取扱金融機関にも共通して存在するはずです。
・銀行は利鞘をなくすために預金と融資の不毛な競争をするのか(2026.9.10掲載)
銀行の利益源泉である「利鞘」は、長短金利差を利用して稼ぐものではなく、信用リスクを引き受けて付加価値を生み出すことで得られるべきものであります。
・金利の上昇を味方につけるための債券投資の技法(2026.1.8掲載)
金利変動が債券の価格や利回りに与える影響について説明しています。銀行が長短金利差を収益源として活用する場合には、金利変動リスクを負担することになる点についても解説しています。
・銀行等が儲かるのは金利に関係なく預金が滞留するから(2025.12.18掲載)
銀行の機能と存在意義を説明するとともに、「銀行の利益は金利差や規模競争ではなく、信用供与や企業支援による付加価値から生まれるべきだ」という考え方を論じた内容です。
(文責:王)
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。
